環境影響評価から見る海洋調査の発展

写真 珊瑚礁を泳ぐアオウミガメ*1



金子 俊幸1977年国際航業株式会社入社。2008年執行役員技術営業推進本部長、2011年取締役西日本事業本部長、2013年専務執行役員を経て、2015年より同社フェロー。環境影響評価、水産工学、農村工学に携わる。九州農政局長「環境監視手法開発」表彰、海洋理工学会論文賞「Effects of Current Meter Tilting on Current Observation」表彰等を受賞。技術士(建設部門)、水産工学技士。



■海洋調査の始まりは
 海洋調査の始まりは海図作成と考えられます。すると、我が国では、伊能忠敬が全国の海岸線を測量した「大日本沿海輿地全図(伊能図)」の刊行(1821年:文政4年)が出発点のひとつと言えるでしょう*2。その後、明治政府は兵部省海軍部に水路局を設け、西洋式の測量技術で沿岸の水深を測って、海図「釜石港」を刊行しました(1872年:明治5年)*3。
 国際航業での海洋調査は、海上保安庁水路部(現在、海洋情報部)から、1962年(昭和37年)頃、委託された「海図補正業務」が初めてで、本格的には、1973年(昭和48年)頃から、海洋の利用開発、自然災害の防止、海洋環境の保全などの海洋情報を記載する「沿岸の海の基本図作成業務」からスタートしたようです。

■海洋調査 -環境影響評価と予測技術の変遷-
 さて、現在、海洋調査は、海上保安庁を始めとして、気象庁、水産庁、国土交通省、環境省、経済産業省、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)や大学、各県の水産試験所、海上自衛隊などがそれぞれの目的に応じて保有する船舶・衛星・観測機材を用いて継続的なモニタリング観測を実施しています。その調査内容は、水深、波浪、流れ、水温、海水成分、水質・底質、生物、さらには、大水深における海底の地形、地質(海底下構造)、地震・津波、磁力・重力など多くの項目があり、それらデータは環境、防災、水産資源管理、海底資源開発など多種多様な分野で利用されています。
 特に、沿岸域での海洋調査の歴史は、皮肉にも海洋汚染の発生と対策を通して発展した歴史でもあり、その代表と言える「海域における環境影響評価」は、ここ数十年で大きく発展を遂げた分野の一つです。 
 この仕事は、調査項目が幅広く、観測・分析・解析から数値計算手法を駆使した予測・評価まで多くの知識・経験・技術が必要とされます。その手法は、新たに発生する複雑な環境問題を解決する新たな法律と技術により発展してきました。
 ここで、海洋、特に沿岸域での環境問題をみてみると、①1960年代前後、②1980年代前後、③1990年代の3つに区分されるのではないかと思います。
 筆者の私見で振り返ると、①の時期、いわゆる戦後~高度経済成長期には、大都市の臨海部が埋立てに伴う急速なコンビナート建設により、重化学工業の工場から着色した有害な工場排水が流出されていました。このため、我が国では、1967年に公害対策基本法、1970年に水質汚濁防止法、海洋汚染防止法を制定し、沿岸域での公害問題を規制しました。
 次に、②の時期、いわゆる安定成長期ですが、沿岸域における空港・港湾、発電所、廃棄物最終処分場、埋立て・干拓などの建設・造成により、沿岸の富栄養化現象に代表される被害が長期化する都市・生活型の環境汚染が顕在化し始め、その規制のため環境基本法が1993年に制定され、次いで、1997年に環境影響評価法が制定されました(1999年施行)。
 最後に、③の時期、いわゆるバブル崩壊後の低迷期では、地球温暖化、生物多様性の減少、海洋汚染など、地球環境問題に代表されるような原因者と被害者が不特定多数であり、技術的解決が困難でスケールが非常に大きな現象が顕在化しています。例えば、海水温の上昇による珊瑚の白化現象、閉鎖水域における貧酸素現象による二枚貝資源の減少などが挙げられ、対策としては、増殖・移植といった生物資源量の添加を実施することになります。

    図1 閉鎖性海域における有機汚濁、赤潮発生、貧酸素水塊発生のメカニズム*4

 環境影響評価における予測は、①重金属等有害物質の拡散から、②富栄養化現象に代表されるCOD(化学的酸素要求量)、栄養塩類の濃度変化、さらには③赤潮、貧酸素現象と、物質拡散⇒物質循環⇒現象メカニズムの解明へと進歩しました。この理由としては、海洋調査のモニタリングとデータ解析、コンピュータの能力向上などが挙げられます。この結果、水質予測モデルは、地形再現が二次元から三次元、さらには計算格子間隔が数kmから数mまでと高解像度となっただけでなく、海洋調査で明らかにされた化学・物理過程、生物過程を組み込んだ詳細な海洋現象において、一年間を超える長期間の挙動を予測可能としました。

■今後の海洋調査
 最近、水質予測モデルを含む海洋調査は、閉鎖性海域における二枚貝資源の回復や沿岸域におけるサンゴ礁、藻場の回復等を目標とした海域環境改善の手法として活用されています。すなわち、海洋調査(現地実証)結果を用いた計算モデルが、二枚貝増殖による資源添加、漁礁設置など複数の対策についての効果や持続性を比較するなど、適切な環境改善技術の選択に役立っています。

図2 有明海アサリ幼生の着底及びネットワーク
左図:幼生の移動計算イメージ 右図:幼生供給ネットワーク推定イメージ
この図は藤家ら(2018)*5の研究成果をもとに著者の承諾を得て新たに作成した。

 次世代の海洋調査では、自律型無人潜水機(AUV:autonomous underwater vehicle)に代表される新たなロボット・センサーによる観測手法、それに伴う大量な調査データの蓄積、そして、大量データを活用した人工知能(AI)などによる現象解明と、それらプロセスを組み入れた水質予測モデルなどが開発されると思います。そして、その新たな技術は、今まで発展してきた海洋調査技術と同様に、地球温暖化、海洋資源など地球問題の解明に貢献し、全世界で取り組んでいるSDGs(持続可能な開発目標)の実現を可能にしていくものと期待されます。

写真
*1 撮影:国際航業株式会社

参考文献・引用文献
*2 国土地理院「古地図コレクション:伊能図」
 https://kochizu.gsi.go.jp/inouzu(2019年10月3日参照)
*3 海上保安庁海洋情報部「海洋情報部の沿革」
 https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KIKAKU/kokai/enkaku.html(2019年10月3日参照)
*4 環境省水・大気環境局水環境課閉鎖性海域対策室(2018):きれいで豊かな海を目指して ~地域が主体となる閉鎖性海域の環境改善の手引き~. pp.122
*5 藤家亘・井下恭次・武元将忠・江口秀治・西利明・松山幸彦(2018):有明海アサリ浮遊幼生の干潟間供給ネットワーク. 土木学会論文集B2(海岸工学), 74-2, pp. I_1261-1266

2019年11月

※内容ならびに略歴は公開時のものです。