インタビューと編集:太田守重
森田喬先生(法政大学教授)は、地図学の理論的な側面としての記号学に貢献した、ソルボンヌ大学のジャック・ベルタン教授のもとで学位を取得しました。先生は帰国後も国際的な活動を積極的に行い、国際地図学会 (ICA) の副会長や、その中に設けられた理論地図学委員会の委員長などを歴任してきました。この記事を執筆している2016年現在は日本地図学会の会長として、2019年に東京で開催する国際地図学会の国際コンファレンスの準備で奔走しています。
私が森田先生と最初にお会いしたのは、30年ほど前のことでした。先生は帰国後、法政大学の教授になるまで、一時期、国際航業で働いていたことがありますが、それ以来のおつきあいです。2016年10月7日に行われた、約3時間に及んだインタビューは、先生が地図制作に関する問題意識を芽生えさせた頃の話しに始まり、国際地図学会の東京大会に向けた抱負や地図学の将来展望に至るまで、多彩な内容を含んでいます。ここでは、インタビューの内容を7編の映像にまとめましたが、これまでの業績を網羅するにはさらに多くの時間が必要、ということを実感したインタビューでもありました。
なお、それぞれの映像の中で補足すべきと思われる言葉がいくつかありますので、参考まで、映像ごとに注釈を付けました。 その文責は太田にあります。末尾ではありますがビデオ撮影には中島円さんに協力していただきましたので、記して感謝します。
1.芽生えの頃 (6'48")
注釈
①イアン・マックハーグ (Ian L. McHarg, 1920 - 2001)
景観設計の専門家。1947年からハーバード大学デザインスクールで景観設計を学ぶ。その後、1969年にDesign With Natureを出版し、マップオーバレイを使って、適地設定を行う手法を紹介。その後、このアイデアがGISの機能として広く利用されるようになった。
②SYMAP
1960年代後半にハーバード大学で開発された主題図作成ソフトウェア。地図はラインプリンターで印刷される。
③特化係数
例えばある産業に関わる人口と全体の就業人口の比をを構成比というが、地域別の構成比と全国の構成比の比、つまり「地域の構成比÷全国の構成比」を特化係数とよぶ。この値が 1 を超えていれば全国平均に対して、その地域は、その産業に特化しているといえる。
2.ジャック・ベルタンとの出会い (8'12")
注釈
①輝く都市
建築家、ル・コルビュジエ (Le Corbusier、1887 - 1965) が提唱した理想都市の構想。高層ビルを建設してオープン・スペースを確保し、街路では自動車道と歩道を分離し、それに基づいて都市問題の解決を図ろうという提案。フランスでは当初否定的に受け取られたが、その後のニュータウン計画に影響を与えている。
②シニフィアンとシニフィエ
スイスの言語学者、フェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure、1857 - 1913)によって定義された用語。シニフィアン (signifiant) は「意味しているもの」をさし「記号表現」などと訳され、例えば「愛」という言葉はシニフィアンである。一方シニフィエ(Signifie) は記号が示すイメージや概念を示す「記号の意味内容」を指す。「愛」という言葉から想起されるイメージや解釈がシニフィエである。地図の場合、地図記号はシニフィアン、その説明はシニフィエである。例えば〒という記号表現(シニフィアン)には「郵便物を集配する組織」という意味内容(シニフィエ)が対応する。
③セミオロジー (semiology)
記号学。社会に存在する多様な記号の利用や解釈について研究する分野。
3.学位論文『住所、空間構造解釈のツールとして』 (6'02")
注釈
①nominal, ordinal, interval and ratio
もの同士の比較の尺度。nominal(名義的)な尺度は、もの同士の区別、ordinal(順序的)な尺度では、前後の分別ができ、interval(間隔)の尺度では前後の間隔を知ることができ、さらにratio(比率)の尺度では、共通の原点からの距離で、前後のものの距離の比率を知ることができる。ordinalまでは定性的な尺度、intervalとratioは定量的な尺度である。
4.国際航業での思い出 (2'25")
5.アイカメラによる視覚変数の有効性の検証 (4'20")
注釈
①視覚変数 (visual variables)
平面上に表現する図は、点、線、面の集まりであるが、これらの記号がもつ属性は、位置、形、大きさ、色相、明るさ、きめ、そして方向で表されるが、これらの属性を視覚変数と呼ぶ。ジャック・ベルタンは、これらの中で、位置、大きさ及び明るさを図像の変数と呼び、情報の受け手に最も大きな影響をあたえるとした。さらに大きさと明るさが等しい場合に、記号を区別するため、分離の変数として形、色、きめ、方向を使うと良い、としている。ジャック・ベルタン著、森田喬訳『図の記号学』、pp.186-212、地図情報センター発行、平凡社発売、1982。
②How Maps Work
MacEachren, A. M. (1995). How maps work: representation, visualization, and design. Guilford Press. pp.42-44. 森田がアイカメラを利用して視覚変数の有効性を検証したことが紹介されている。
6.地理情報標準との関わり (5'44")
注釈
①DIGEST
Digital Geographic Information Exchange Standard。北大西洋条約機構(NATO)の地理情報標準。
②ハロルド・モエラリング (Harold Moellerling)
オハイオ州立大学名誉教授(2016年現在)。解析地図学が専門。1980年代からアメリカの地理情報標準検討に指導的な役割を果たすとともに、国際地図学会の地理情報標準委員会初代委員長を務め、その活動がISO/TC 211の設立に繋がった。
③SDTS (Spatial Data Transfer Standard)
1992年にアメリカの連邦情報規格(FIPS 173)になった、空間データ交換用の標準。1992年時点では、SDTSは4つのパートに分かれており、パート1は空間データの論理構造、パート2は交換に使われる実世界の地物、属性、属性値の定義、パート3はパート1で示された論理構造を、ISO/ANSI 8211に従って実現する実装用のフォーマット、パート4は位相を持ったベクターファイルの交換用プロファイルである。
④ISO/TC 211
国際標準化機構(ISO)が1994年に設けた、地理情報に関する国際標準を検討する専門委員会。日本は発足当時から投票権をもつPatricipant memberである。
⑤オラフ・オーステンセン (Sir. Olaf Østensen)
ノルウェーの国土地理院 (Norwegian Mapping Authority Kartverksveien)に所属し、TC 211発足時から2016年末までTC 211の議長を務めている。
⑥INSPIRE (Infrastructure for spatial information in Europe)
EUが設けている、欧州空間データ基盤。INSPIRE directiveに準拠して、参加国が空間データを整備し、それを共用することによって、災害復興など、EU域内の共同ミッションが円滑に行われることを目指している。
7.Mapping for every one(ICC 2019 Tokyo に向けて) (4'50")
注釈
①Ubiquitous mapping
人々が、自分の問題を解決するために、いつでもどこでも、地図を作成する行為。理論地図学委員会(委員長:森田喬)の後継として、国際地図学会に Ubiquitous mapping 委員会が設けられ、2016年現在、有川正俊(東京大学)が委員長を務めている。
②Infographics
情報、知識、そして地物の空間分布などの視覚的な表現。視覚的な分かりやすさを重視してデザインされる。
③Deep structure and surface structure
実世界の現象を抽象化して得られるデータの構造を deep structure、そのデータを受け手にわかるように表現する情報の構造を surface structure という。
※内容ならびに略歴は公開時のものです。