地震動


我が国のように地震活動が活発な場所では、地震による揺れを受けることは避けられないものです。地震の発生を抑制することはできないので、大きい揺れを受けたときに被害が出ないように、また被害が生じたような場合でもすぐに対処できるようにしておくことが地震防災対策にとって重要です。しかし、どのような揺れにも耐えられる頑強な構造物を構築したりすることは現実的に不可能で、原子力発電所と一般の建物とは建物の強さが自ずと異なります。また、場所によっても地震動の大きさが異なるため、どのような構造物にすればよいのかを検討するためにも地震動予測が必要となります。

また、地震による被害がどれだけ発生するのか、そのために用意しておかなければならない備蓄物資、避難場所、医療体制などを検討するためにも地震動予測が有効です。地震時の被害は、津波による被害を除き、液状化、崖崩れ、建物の倒壊、火災、断水などすべて地震動を原因として発生します。したがって、市町村などの自治体がどのような地震防災対策を必要とするかを検討するために、まず、地震動の予測が必要となります。

地震動予測の歴史

理論的地震動予測手法の開発

1960年代になると、Haskll,N.A.は地下から伝えられてきた地震動が表層の軟弱地盤でどのように増幅するのかを理論的に説明し(Haskll,N.A,1960 *1)、また、震源域からの距離に応じて揺れの大きさが変化することについて、震源となる断層面上の各所で発生した地震動が周囲に伝わったときにどのように合成されるのかについても理論的に説明しました
(Haskll,N.A,1964 *2)。これらを契機として地震動予測の研究が進展するようになりました。1972(昭和47)年に発表されたプログラム「SHAKE」(Schnabel,P.B.et al *3)はHaskll,N.Aの理論等を用いて、表層での地震動の増幅を計算する方法として普及し、現在でも多く使用されています。

経験的地震動予測手法の開発

一方、Kanai(1958)*4 は日立地下鉱山での地震観測結果などから地震の規模と震源からの距離によって岩盤での地震動の大きさや簡単な波数特性を経験的に求める式を考案し、さらにKanai(1961)*5 において、表層地盤の影響などを取り込めるように工夫されています。

近年における経験的手法の流れ

このように理論的あるいは経験的に地震動を予測する方法は、それぞれ多くの研究者により発達してきました。地震動予測手法は数多くの手法が存在し、 公的機関による手法の統一などはなされていません。
日本において、地震動を経験的に求める手法として、建設省土木研究所(1977)*6 は、地震動の大きさを、地震の規模(マグニチュード)と地盤種(第1~4種)と震源域からの距離で簡単に求める式を提示しています。このような主に震源からの距離によって経験的に簡易に地震動の大きさを求める式を距離減衰式と称し、建設省土木研究所(1977)以外にも数多くの式が提案されてきました。特に、地震観測網の発達により、多くの地震観測記録が得られるようになり、距離減衰式に取り入れられていきました。内閣府防災担当(2005)は「地震防災マップ作成技術資料」を公表し、この中で自治体が容易に地震動の揺れやすさの分布を明らかにできる手法として、司宏俊・翠川三郎(1999)*7 の距離減衰式と松岡昌志・翠川三郎(1994)*8 の表層の地形分類などから地震動増幅を推測できる方法を紹介しています。また、地震調査研究推進本部(2005)*9 はこれらの手法を用いて「全国を概観した地震動予測地図」を発表しています。

近年における理論的手法の流れ

一方、詳細に理論的に地震動を予測する手法については、地震動を発生する断層では強い揺れを発生させる場所(アスペリティ)とそうでない場所があることなどの新たな知見を加えて、入倉孝次郎・三宅弘恵(2001)*10 によって、強震動予測のレシピとしてまとめられました。この成果は日本建築学会における新しい耐震基準の検討などに利用されています。

経験的手法によるGIST化

理論的な手法では、震源断層の破壊過程の状況や揺れを予測する地点ごとの地盤状況について精緻でかつ多くのデータを必要とします。このため、調査費用が多大になります。しかし、地盤の情報も震源断層の設定もその精度に足りるだけの正確て密な情報を揃えきれません。そこで、経験的な手法をより効率的に実施できるよう内閣府「地震防災マップ作成技術資料」に基づいて地震動の予測を迅速に実施し、マップ作成が行えるGIST上のアプリケーションシステム(図1)が開発されました。これは、想定地震断層の設定、地盤情報の作成についてもガイドラインが示され、エクセルを入力する感覚で、地震動予測が実施できます。このシステムでは、ボーリング地点などの地盤に関する情報、標高、河川位置、想定震源断層に関する3次元空間における位置情報ならびに想定地震規模に関する情報をGISTデータベース上に入力し、データベース管理を行います。そして、これらのデータベースを地理情報解析計算によって距離減衰式等を適用して、自動的に震度分布を予測し、その結果に応じて分布図を作成するものです。このシステムによって、品質の統一された地震動予測を、全国の自治体でより効率的かつ経済的に実施する事ができます。

図1 地震動予測システムの画面例

今後の課題

2003(平成15)年十勝沖地震では苫小牧市内のタンクが長周期の揺れにより、油があふれ大火災に至りました。この原因である長周期地震動を予測するには、地盤の3次元構造を正確に捉えた上での理論的な地震動予測が必要です。長大橋、高層ビル、石油コンビナート、原子力発電所など、重要な施設については、ハイブリッド合成法など、統計的グリーン関数法を長周期帯域へ拡張して適用することなどの手法により、詳細な地震動を予測しておくことが必要となります。

参考文献
*1 Haskell, Norman. A.(1960)
Crustal reflection of plane SH waves. Jour. Geophys. Res., 65:pp.4147-4150.
*2 Haskell, Norman. A.(1964)
Total energy and energy spectral density of elastic wave radiation from propagating faults. Bull. Seism. Soc. Am., 54: pp.1811-1841.
*3 Schnabel, Per B.,Lysmer, John and Seed, Harry Bolton(1972)
SHAKE a computer program for earthquake response analysis of holizontally layered sites.EERC, pp.72-12, College of Engineering, Univ. of California, Berkeley.
*4 Kanai, K.(1958)
A study of strong earthquake motions. Bull. Earthq. Res. Inst., 29:pp.503-509.
*5 Kanai, K.(1961)
An empirical formula for the spectrum of strong earthquake motions. Bull. Earthq. Res. Inst., 39:pp.85-95.
*6 建設省土木研究所(1977) 昭和51年度総合技術開発プロジェクト・耐震技術に関す る研究開発報告書. 土木研究所資料, 1250.
*7 司宏 俊・翠川三郎(1999) 断層タイプ及び地盤条件を考慮した最大加速度・最大速 度の距離減衰式.日本建築学会構造系論文報告集, 523: pp.63-70.
*8 松岡昌志・翠川三郎(1994) 国土数値情報とサイスミックマイクロゾーニング.第22回 地盤震動シンポジウム, 建築学会:pp.23-34.
*9 地震調査研究推進本部 地震調査委員会(2005) 「全国を概観した地震動予測地図」報告書.
*10 入倉孝次郎・三宅弘恵(2001) シナリオ地震の強震動予測. 地学雑誌, 110:pp.849-875.